雛人形の歴史 雛人形2300年時空の旅 ドールコーディネーター平安春峰
●新聞社掲載パブリシティー集
 

産経新聞 平成11年(1999年)9月1日水曜日 経済面 経済サロン 聞いてみました

人形のHPを開設歴史のロマン紹介

モリシゲには営業マンがいません。営業は新聞とテレビの広告オンリーでやっています。しかし、広告紙面にも限りがあるので、興味のある人には、より多くの情報を提供できるようホームページを今年七月に開きました。八月二十七日からは「雛(ひな)人形二千三百年の時空の旅」という題名で、ひな人形のルーツを探った私のエッセー風の文章をのせました。

二千三百年前の中国・春秋戦国時代の遺跡から、「曲水(きょくすい)の宴」で使ったと思われる漆器の杯が見つかっています。酒を入れた杯を小川に流して詩を読む宴で、上巳の日(旧暦三月はじめの巳の日)に行われていたようです。この日は「上巳の節句」といわれ、現在の三月三日のひな祭りにつながったという説があります。日本でも奈良・平城京跡で宴が行われたとみられる人工の排水路遺跡が出土しています。私の想像ですが、節句のころは、流感がはやるころでもあり、子供の身のけがれを人形に託す文化と合わさったのがひな流しで、ひな人形のルーツになったのでは、と考えています。人形に長年親しんでいる身として、ホームページではこんな歴史のロマンを伝えていこうと思います。


産経新聞 平成11年(1999年)10月14日木曜日 経済面

孫の日に人形はいかが モリシゲ あすからセール

日本百貨店協会などが今年から十月の第三日曜日に「孫の日」のキャンペーンを始めることを受けて、人形販売のモリシゲ(本社・大阪市、吾郷光夫社長)は、十五日から「孫の日セール」を展開する。ひな人形の業界は十月が最も売り上げが落ち込む時期にあたり、同社は値引きを実施して売り上げ増加をはかる。

「孫の日」は、バレンタインデーの一ヶ月後がホワイトデーであるように、「敬老の日」(九月十五日)の翌月に設定された“新記念日”。国内の金融資産は約千二百兆円で、うち六十歳以上の高齢者が約六百兆円を保有しているといわれ、「孫の日」を通じた個人消費の活性化へ期待感がある。

今年は十七日で、百貨店協会に加盟するデパートが懸垂幕をつるすなどしてアピールし商戦を展開しているが、「孫の日」のPRが七月ごろから始まったこともあって、他の記念日に浸透度はまだまだ。 こうした中、モリシゲは初節句を迎える孫を持つ年配者を主要ターゲットに孫の日認定の「第一回記念セール」と題したセールを行う。同社の売り上げは節句がからむ上半期に集中。「十月は三、四月に比べ五分の一程度しか売り上げがない」(吾郷裕亮副社長)といい、需要の掘り起こしを「孫の日」でねらう。
セールは堺東店、姫路店など全八店舗で実施。値引き率は最大五〇%で羽子板、破魔弓、かぶと、ひな段などを販売する。吾郷副社長は「孫に何かしてやれる日という意識が定着すれば、おじいさん方も照れずにやれる。人形は一生ものですし、いい記念になるのでは」と話している。


産経新聞 平成12年(2000年)1月25日火曜日 経済面 

新時代の針路 成長企業トップに聞く 八つの人形の持つ意味訴え ネット通じ販路拡大も モリシゲ 吾郷裕亮副社長

 少子化の影響を受けているのは教育やマタニティー産業だけではない。玩具(がんぐ)業界もその一つ。社会的な構造変化の中で、人形卸小売業のモリシゲの吾郷裕亮副社長は、商品バリエーションを増やすことで消費者のニーズにこたえる戦略をとる。インターネットを通じた販路拡大にも力を入れる。

人形業界の状況は
「人形問屋が集まる松屋町(大阪市中央区)でも廃業や倒産していくところが多く、十五年前に五十五軒あった店舗は三十七軒にまで減るなど厳しい状況だ。自分の会社でも昭和六十年に比べると、売り上げは半分。昭和五十年ごろには二十三店舗あったが、今は九店に縮小している」

需要そのものが減っているのか
「少子化の営業はあるだろうが、人形を子供のために買う率はむしろ上がっている印象で需要はある。価格破壊で売り上げは伸ばせず、利益率も低くなっているのが不振の大きな原因だろう。若い人は家計を電化製品や車など娯楽性のあるものにお金をまわしたがる傾向がある。最近はパソコンや携帯電話なども普及し、まるで先端技術が伝統文化の一部を食べてるようだ」

消費者の好みにも変化が
「十五年前は七段飾りが売れ筋の半分を占めていたが、今は三段やケースひなが主流。住宅事情が影響している。マンション住まいでは置く所も収める場所も限られる。共働きが増え、生活が複雑化し、雛人形の段飾りに丸一日も手間をかけたくないという意識もあるのだろう」

どういった商品の展開を
 「インターネットモール上で、ひな人形の頭と胴体部分、飾りケースを自由に画面上で組み合わせて、発注してもらうサービスを一部の商品で始めている。見積りもできる。五月の節句ではポールとコイを組み合わせられるこいのぼりを出す。また、ホームページでひな人形にまつわる話をのせて、人形への理解を深めてもらうようにしている。ケース商品では人形の後ろのびょうぶに鏡をつけて、後ろ姿がみられるようにしたり、前面ガラス張りにしたものを出した」

今後の展望について
「製品の完成度は非常によくなった。しかし、昔ながらの形にしばられない商品を企画していかないと、生き残ってはいけない。会社、業界を成長させていくのは、日本文化を守る使命につながると思っている。茶髪で奔放なスタイルをしている若者でも、人形を子供のために買いにくるときは親の顔になる。節句人形は季節の変わり目を知らせ、穢(けが)れをはらうなど精神文化の原点を表す。松屋町はそれを担う町であるという自負が、仕事のエネルギー源になっている。人形の形がたとえ変わっても、人形の持つ意味が認知されることが大切だ」     


毎日新聞 平成13年(2001年)2月1日木曜日 経済面

伝統のひな祭り文化の伝承を 人形の街・松屋町筋の専門店

 日本の代表的な人形の街、大阪の松屋町(まっちゃまち)筋。いま街はひな祭りを前に一年で最も忙しい時期にある。「人形のモリシゲ」は同筋を中心に10店舗を展開する有力店。IT(情報技術)時代に個人ホームページも開設し、ひな人形の文化紹介に力を入れるのは吾郷光夫社長の長男、副社長の裕亮さんだ。国際観光都市・大阪を実現し、松屋町を異国情緒あふれるお土産物ストリートにと訴える

ひな祭りももうすぐ。最近のひな人形の傾向は。

吾郷副社長 住宅事情で大きな段飾りはやはり減ってきていますね。販売比率でいえば、かつて多かった15人七段飾りが減り、内裏(親王)様だけの飾り、そして10年ほど前に登場した五人三段飾りがそれぞれ約2割になっています。あとの4割はケース飾りです。五人三段飾りは内裏様と3人官女、牛車などの道具類がセットで、七段飾りと2人飾りの中間的なセットとして数年前まですごい勢いで伸びていました。ケース飾りの方も2人飾り、5人飾り、15人飾りがそれぞれあります。

売れ行きの方は。

 吾郷副社長 出生児の減少に伴って販売数量も減ってきています。それと、バブル時は単価の高い高級品が売れたんですが、バブルがはじけた後は単価も低くなっていますね。最近の平均価格は七段飾りで25万円、3段飾り15万円、2人飾り10万円、ケース飾り8万円といったところです。

女児にひな人形を求める風習は。

 吾郷副社長 変わらないですね。統計では女の子が生まれたら、98%が初節句にひな人形を買い求めるといいます。実際、この商売をしていて、不景気にもかかわらず、生活必需品でもない、安価でもないひな人形を、女性が買いに来られる姿を見て、すごい伝統文化だと思いますよ。いつぞやは、小学校の女の子が「自分の小遣いで買える人形を」とお母さんと来られて、3000円ぐらいの海外のお土産用を紹介したら喜んでくれて。子供にも伝統が生き続けているんだなと感銘しました。

肩書きの一つのドールコーディネーターとは。
吾郷副社長 ひな人形の人形と衣装の組合せから、十二ひとえの色合わせや柄の選択などをコーディネートします。男ですし、最初はひな人形に興味はなかったんですが、お客さんと接しているうちに、関心を持つようになったんです。ひな祭りは世界的にも例を見ない、女性が作った文化だと思います。私はそのルーツは、平安時代に紫式部あたりが男性の曲水の宴に対抗して始めた流しびなではないか、とみているんです。流しびなで女の子の無病息災を祈る風習が、江戸時代にひな飾りとなり、ひな祭りとして広がった。そんな素晴らしい文化を伝えていくことも、コーディネーターの役割の一つと考えています。また、コーディネーターとして平安春峰の名前ももらい、毎年、「歓喜びな」のブランド名で新作を発表しています。十二ひとえなどは実は後ろ姿が美しいですが、ケース飾りで後ろにガラスを付けたものも出しています。

五月人形なども扱っていますね。
吾郷副社長 ええ。ひな人形は年末から始まる商戦が長いので、どうしても中心になりますが、当社の売上比率で言えば、ひな人形は約5割、五月人形は約3割、花火と結納商品が各8%になります。五月人形は外飾りが約6割、ケース飾りが約4割外飾りの内容は、よろいが中心の段飾りが減って4割程度、あとはかぶと中心の平飾りです。

人形店としての今後は。
吾郷副社長 この伝統文化を残すために一つはホームページ(HP)に力を入れています。

会社のHP(http://www.morisige.com)と私個人のHP(http://www.hinaningyou.co.jp)

を開設して、私なりにひな人形の歴史を紹介しています。もう一つは市場を増やすことです。ひな人形でも還暦の女性向けプレゼントとして推奨しています。

それにしても松屋町は人形店が多いですね。
吾郷副社長 かつてはオモチャ屋と駄菓子屋の街でしたが、戦後、人形も並べるようになり、一挙にお客さんが増えたんです。私は日本の50%以上の文化遺産が集積する関西が生き延びるには観光を前面に押し出すしかない、と思っています。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが今春オープンしますが、世界的にもユニークな人形の街・松屋町を、私は異文化漂うお土産のストリートにしたいと考えています。


産経新聞 平成13年(2001年)11月14日火曜日 経済面

市場を拓く ひな人形≠フ楽しみ方提案  モリシゲ 吾郷裕亮社長

 停滞気味の日本人形の業界の中で、人形専門店「モリシゲ」(大阪市中央区)の元気さが目立っている。吾郷(あごう)裕亮社長は「平安春峰」の名で、自ら人形をデザイン・企画するドールプロデューサー≠ナもあり、現代的な視点から伝統文化の楽しみ方を提案している。独自の市場開拓戦略を聞いた。(山田桂子)

人形業界の現状は
「若い人の伝統離れに少子化、景気の冷え込みが加わり、人形店の集まる大阪・松屋町も状況は厳しい。初節句におひなさまの段飾りを買う親や祖父母も減り、市場は百万人程度といわれる。そこで、年齢に関係なくすべての女性に視点を向けた。つまり人口の半分近い七千万人がターゲットになるわけだ」

具体的には
 「『だれもが買える』おひなさまを提供すること。数年前、小遣いでひな人形を買いにきた小学生の女の子との出会いがきっかけだった。小遣い二千円で買えるひな人形は当時、店に一種類しかなかったが、それを笑顔で持ち帰る少女の姿に、高級な段飾りだけがおひなさまでないと思い知らされた。それ以降、数千円から一万円程度で買えるひな人形セットを充実させた。子供のころひな祭りの余裕がなかったお年寄り向けの『還暦びな』、カップルの記念日に飾る『仲良し人形』、夫から妻へプレゼントするひな人形などを企画し、さまざまな楽しみ方を提案している」

その反響は
 「陶器の素朴なかわいらしさや手ごろな価格で売上が伸びている。海外留学や出張のおみやげにも好評なので、英文の説明書きも添える工夫もしている。海外からの直接の注文にもこたえられるよう、ホームページを英文化し、ネット販売にも力を入れている」

自治体への呼びかけの狙いは
 「源氏物語には、ひな祭りの原型である『ひいな遊び』が登場する。そこで、『源氏物語のまち』とPRしている京都市宇治市に『ひな人形のまち』としての展開も考えてはどうかと協力を求めた。一企業がひな人形をPRしても商売にしかならないが、自治体レベルなら町おこしにもなるし、日本の伝統文化を再認識する効果もあるのではないかと思う」

雅子様のご懐妊という明るいニュースもある
 「業界にとっては本当にうれしいこと。健やかなお子さまが生まれるよう、静かに見守りたい。皇室でさまざまな行事があることで、日本の伝統が見直されるのではという期待もある」


産経新聞 平成15年(2003年)3月4日火曜日 経済面

My Way 人形はきずな深める モリシゲ社長

 「うちはシルバー人材を活用する会社です」と話すのは、人形販売会社、モリシゲ(大阪市中央区)の吾郷裕亮社長。元気なベテラン女性販売員たちと各地の百貨店をとび回るひなまつり商戦が終わったばかりだ。人形には複雑な機能や効能はない。だからこそ、知恵や経験を重ねた年配販売員の接客が販売の重要なカギとなる。「心を売る商売だから、僕の商品説明より、『ひな人形を飾るお母さんの姿から、お子さんは必ず愛情を感じられますよ』という年配の販売員さんの一言の方がずっと説得力があるんです」

 節句人形は、親子のきずなを深めるというのが吾郷社長の持論だ。「毎年、人形を飾っていれば、必ず品行方正なお子さまが育ちますー。うちの商品にそんな『二十年間保証』をつけてもいいかな」と冗談を交え、休む間もなく突入する端午の節句のための商品準備に精を出す。


産経新聞 平成十六年(2004年)1月9日金曜日 経済面   

ルーツは中国の宮中行事/日本伝来に『卑弥呼関与』


雛人形や関連商品を販売するモリシゲ(大阪中央区)の吾郷裕亮社長(四四)が、ライフワークとしてインターネットで掲載を続けてきたひな人形の歴史に関する考察を冊子にまとめ、発表した。日本と中国のひな人形に関する伝統行事や風習の返還をたどり、二千年以上を俯瞰した壮大な文化論を展開している。

雛人形 歴史旅 モリシゲ社長吾郷裕亮 魅力再発見へ冊子発売
ひな人形の需要は住宅事情に加え、少子高齢化の進展で減少する一方。冊子を作ったのも歴史をきちんと知ってもらうことで、もういちど関心をもってもらえればという狙いがある。冊子の表題は「雛人形二千三百年時空の旅」。「平安春峰」の名で人形のデザイン・企画も手がける吾郷社長が、ドールプロデュサーと同じペンネームで、平成十一年からインターネット上で紹介し更新を重ねてきた。二千三百年とは、吾郷社長がひな人形のルーツを求めた中国の宮中行事「流觴曲水の宴が、紀元前三百年に始まったという説に由来する。川上より杯を流し、詩人が自分の前に流れてくるまでに詩を読み上げるという宴で、この行事が日本に伝わり、平安時代に「流しびな」へと変化したと主張する。また、吾郷社長はこの行事が日本に伝わる過程に、意外な人物の関与があったと考える。日本書紀がこの行事に言及していることなどから、金印で有名な魏と邪馬台国との交流の中で、「卑弥呼が、魏の国に使いを出した際に伝わった」と、大胆な推理を展開している。ほかにも三国志の英雄たちや中国の書聖・王羲之、空海、紫式部、菅原道真など、歴史上の有名人が続々と登場する。「なぜ三月三日がひな祭りになったのか」「なぜ女の子の行事になったのか」などの疑問にも答えており、読み応えのある内容に仕上げている。吾郷社長は「必需品でもないのに、現代まで受け継がれてきた背景を知りたかった。ひな人形に二十数年携わって、何か啓蒙するようなものが書けないか、と思って始めた」と話している。昨秋、約十冊を試験的に作製して知人らに配り、今年初めからはインターネットで通信販売を始めた。考察はインターネットのホームページ(http://www.morisige.com)で全文を閲覧することもできる。


            

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